あおぞら銀河鉄道―プラレールの架空鉄道―
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■ひばりヶ丘鉄道の概要


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■ひばりヶ丘鉄道の概要
ひばりヶ丘鉄道は、とある架空の田舎に存在する小さなローカル鉄道です。
『架空世界連絡線』と呼ばれる、他の地域とを結ぶ連絡線の中間点にあり、あおぞら銀河鉄道及び光ヶ丘鉄道が存在する各地方との中間点にある地方で、地域輸送を重大な任務として稼働している鉄道線である。
現在は全線が電化され、通勤型車両4編成と特急車両4編成(うち1本がひばりヶ丘鉄道線内専用,あと3本は架空世界連絡線直通特急兼用)、そして貨物輸送及び臨時列車運行用に電気機関車(EF81-104),ディーゼル機関車(DD51-876),動態保存となっている蒸気機関車1両(C56-77)、そして貨車数量と客車2両を保有している。

■歴史
・翡翠鉱業が自社製品を運搬するための鉄道として開業(翡翠原ノ町〜蒼野〜四葉港)。当時は翡翠鉱業鉄道と名乗っていた。
・雲雀興産が工事用機材の運搬、開発後は分譲地とする予定の『雲雀ヶ丘』と市街を結ぶ鉄道として建設(蒼野〜雲雀ヶ丘)。蒼野で先に開業していた翡翠鉱業鉄道と接続し、四葉港まで列車を乗り入れていた。当時は雲雀興産鉄道事業部として直営していた。両方の鉄道とも、当初は貨物列車しか運転しない非電化・貨物専業の鉄道であった。動力は2社共同使用で蒸気機関車4両(C56形,C12形3両)でした。

・翡翠鉱業鉄道・雲雀興産は、沿線自治体からの要望により、旅客営業を開始。
当初は貨物用の蒸気機関車が客車をけん引して数往復するだけであり、到底旅客営業といえるものではなかった。当時の旅客営業は、本業の貨物輸送の方の業績が徐々に悪化し、貨物列車の運転本数が削減。暇を持て余し気味になっていた機関車と、従業員輸送を兼ねて導入していた客車を有効利用し、形だけでも営業するという感じであったからである。

・この頃、翡翠鉱業鉄道の方は、親会社の業績悪化により大赤字を計上。翡翠鉱業は、子会社の翡翠鉱業鉄道の廃止を検討し始める。
 同時期、山岳地域でトンネル掘削の工事が行われており、その工事場所への工事機材の搬入及び、残土の搬出手段として、この鉄道が着目された。

・雲雀興産が翡翠鉱業鉄道を買収・子会社化。
直営していた鉄道事業を同時に移管し、社名を翡翠鉱業鉄道から、ひばりヶ丘鉄道に改称。旧翡翠鉱業鉄道線を翡翠原ノ町〜蒼野と蒼野〜四葉港に分離。旧雲雀興産鉄道事業部の鉄道区間である蒼野〜雲雀ヶ丘と併せて、ひばりヶ丘鉄道線とした。同時に、蒼野〜四葉港の区間を四葉みなと線と改称された。

・ひばりヶ丘住宅地の分譲なども本格的に開始されたことから、旅客営業を本格的に開始。
四葉みなと線は貨物線のまま残置され、時折貨物列車が走行するだけであった。

・電化工事を行い、通勤型車両4編成、特急車両4編成導入。
貨物に関しては、そのまま蒸気機関車を継続使用。C12形2両は整理対象として売却。C56形とC12形1両が続投。
(電化と同時期、特急使用を前提に改造種車として400系が搬入。改造後は試験運転後、見合わないと判断され、静態保存される。)

・工事残土の運搬などを行うため、御幸町(現:みゆき町)駅より分岐する貨物線を建設。後に、鉄道線用のトンネルとしての建設となり、その先の鉄道(あおぞら銀河鉄道)とを結ぶ連絡線とする計画になったことから、直通特急の計画がされる。

・わたり橋より分岐する形で建設されていた、別の連絡線が開業。
 この連絡線は、別の鉄道と接続していた。現在では廃線となり、わたり橋駅より連絡線は面影を残しつつ、廃線の様相を現している。

・架空世界連絡線の建設が難航、経済情勢などの悪化による影響で、鉄道の経営状態が悪化。廃線の検討にまで入っていた状況下、車両の整理が行われる。
重大機器の故障により廃車前提の休車となったE653系(青)、半ば置物の状態で留置されていた400系、651系をあおぞら銀河鉄道に、C12形蒸気機関車を別の鉄道に譲渡。
この際に、青村(絵美P)があおぞら銀河鉄道に、桃里Pと黄川Pが違う鉄道に転職。

・架空世界連絡線が完成。
直通特急の運転計画の再発動に伴い、E657系及び線内特急用として287系を導入。

・架空世界連絡線が開業。
あおぞら銀河鉄道との相互直通運転を開始し、直通特急『ゆきどり』の運転を開始。


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